未来を学ぶ SFに触れる

過去を知るために歴史を学ぶ されば未来を知るためにSFに触れよう

脳内に侵食する”虚構の世界”

フィリップ・K・ディックのエレクトリック・ドリームズ 予告編 (字幕版)
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 (セル版) (映像特典付) ダークシティ (字幕版)  マトリックス (字幕版) パプリカ

常に問われ続けている、現実と虚構の二つの世界

私たちは現実に居続けなくてはいけないのか
私たちは虚構の世界に居続けることができるのか

Amazon Primeで配信されている、巨匠フィリップ・K・ディックの短編集を基にしたドラマ「フィリップ・K・ディックのエレクトリック・ドリームズ 予告編 (字幕版)」。
各話がそれぞれ一つの短編集を基に作られており、一話完結型。
第1話の「REAL LIFE(真生活)」を観ました。非常に分かりやすい現実と虚構の物語で、しかしラストシーンを見てハッとせずにはいられませんでした。


現実は辛く、虚構はユートピア、というSFの固定観念を破壊された気分で、同時に、余計に現実と虚構の違いが分からなくなっていくであろう恐怖。
ほっぺたをつねっただけでは判別できない2つの世界を、私たちはどう受け止めていくのか。

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あなたは仕事をしている。上司の小言に悩まされながらつまらない仕事を片付け、夜、家に帰る。
家には配偶者と一人の子供が待っていて、自分だけ一人で食事を済ます。
風呂に入ったあとは自分だけの楽しみの時間。退屈な日常にスリルというささやかなスパイスを加える。

VRヘッドセットを装着して、今ハマっているお気に入りのゲームにログインする。
そこでは退廃的な世界で救世主となるべく未知の生物との戦闘を続ける。

一通りゲームを楽しんだ後、ベッドで眠りにつく。
またいつもの夢。誰かに追われながら、上着のポケットの中にある書類を届けなくてはならない。
でも、誰に?

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■記憶の改竄~攻殻機動隊ダークシティ

記憶は非常に不思議なもので、人・言葉・情景すべてを昨日のことのように思い出す記憶もあれば、忘れてしまったことすら気づけない記憶もあります。
もし自分の過去の記憶が正しくなかったら?出身地、幼少期の育ち方、両親、すべてが改ざんされていたら?

有名な思考実験で「世界五分前仮説」があります。世界は5分前に何者かによって作られたものであり、我々の記憶、人類史にいたるまですべて辻褄が合うように作られたもの。

攻殻機動隊の世界では、脳の義体化(電脳手術)を受けた人間が、ネットワークから何者かによってハッキングされ、記憶領域を書き換えられることによって記憶の改ざんが行われます。
PCのファイル名から内容、作成日時に至るまで変更するようなものでしょうか。書き換え方が甘ければ、矛盾を感じて改ざんに気づきそうですが、ある記憶とそれに紐づかれるすべての記憶を書き換えれば、文字通り「人生が変わる」ことになります。

ダークシティでは、”異邦人”と呼ばれる知的生命体が「心」を獲得するため、人間を使って記憶改ざんの実験を行います。脳にとある注射をすることで記憶を上書きします。記憶に合うように、住む家や職場など、すべて物理的に作り変えます。一般人に、殺人鬼の記憶を刷り込めば、だれでも殺人鬼になるのだろうか?心を獲得するため異邦人はさまざま記憶を混ぜ合わせ、様々な人々に記憶の刷り込み実験を行います。

そのまま気づかずに生活しているとしたら…それも、何年も。
記憶の改ざんを扱うSFは、自己という存在が記憶と強く結びついていることを再認識させられます。

■もう一つの現実~マトリックスや真生活~

有名な思考実験で「水槽の脳」があります。我々のすべての感覚は脳で処理されます。実はこの世界は水槽に浮かんでいる脳に電気信号を流すことで知覚させているのに過ぎないのではないか、という実験です。
ただし、脊髄反射など説明できない事象も多いですし、こんなにも動き回り、物を食べ、臭いを嗅いでいる我々が、ただの脳だなんて、とてもじゃないですが信じがたいです。

マトリックスはとても有名なSFアクション映画です。弾丸をよける場面が何度も脳裏に蘇ってきます。
あのようなスタイリッシュアクションの前情報から入るので、あの世界で人類に課せられている現実がとても悲惨に映ります。

コンピュータの反乱により人間が生きる生体電池として培養されている世界。生命活動を行わなければいけないので、人間たちは眠りながら仮想現実で生活してる。非常によくできたシステムです。
自分の現実を守るため、主人公たちは仮想現実から覚醒してコンピュータと戦います。戦力的にひどく絶望的な戦いですが、この勝利は、大いなる希望です。

フィリップ・K・ディックのエレクトリック・ドリームズ第1話「真生活」。
主人公の女性は同居者から仮想空間デバイスを渡され、精神的休養のため使用します。仮想空間では自分は男性になっていて、現実世界での同居人が、死んだ妻という設定になっている。仮想空間でも同じようなデバイスを使用することで、現実世界へ覚醒します。しかし、主人公は、次第にどちらが現実世界でどちらが仮想空間なのかが分からなくなります。

次第に、現実世界は出来すぎた世界だと思うようになり、「辛い現実に向き合う」という理由で、仮想空間を現実として生きていく決意をします。

辛い現実、楽しい虚構――

辛いものに目を背けず、問題を解決していく―。それが裏目に出た、とても印象的な作品でした。

現実世界で昏睡状態になっても、仮想空間で幸せになりたいでしょうか。ネオのように現実で覚醒し、レジスタンスとしてコンピュータに反旗を翻せるでしょうか…

■無意識の世界が現実になる~パプリカ~

パプリカは一風変わったSFです。
精神病を治療するために、”DCミニ”という機械を使い患者と夢を共有する。主人公はそんなサイコセラピスト。
実際、精神病に関する臨床現場では、夢の分析が行われるようです(ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)
あるとき、DCミニが何者かに盗まれ、他人の夢に介入し悪夢を見せることで精神を崩壊させる事件が起こります。
さらに、DCミニを使用せずとも夢が共有されるようになり(劇中ではアナフィラキシーと説明)、無意識が意識下に現れるようになります。悪夢がまるで現実のように、いや現実のものになります。意識と無意識の境界線の喪失です。

圧倒的映像美で見せられても、少し考えてみないと理解が追いつかない内容ですが、例えば、麻薬中毒者の虫が湧いてくる幻覚が、他人と共有されて自分に見えてしまったら。自分が寝ているときの体験が、覚醒している近所の人間にも影響を及ぼしたら。

夢とは、その人固有のものです。他人との共有が不可能な、不可侵な領域です。無意識とは、比喩でもなんでもなく「内宇宙」と言っていいかと思います。
今見ているものが、脳の疾患による幻覚・幻聴なのか、それとも現実なのか…

■広がる仮想現実

ゲーム脳は以前から言われている社会現象です。それを取り扱った書籍を何冊か読みました。
ネトゲ廃人
脳内汚染
議論すべきは程度の問題ですが、仮想世界が現実世界に「影響を及ぼす」ということが起こりうるということです。

VRゴーグルを用いてゾンビを倒して遊ぶ。
精神病で幻覚が見えるようになる。
妄想が現実の記憶と結びつき、人前でスットンキョウな発言をしてしまう。
銃を握っている世界が現実で、コントローラーを握っている世界は夢。面倒な食事と排泄と睡眠を行うため、銃を握っている世界から一時的に眠りにつく。

常に我々は、現実を正、虚構を偽と捉えます。

ゆえに、正である現実から目を離すまいとしますし、同時に現実は簡単に逃がしてはくれません。
正である真実の記憶に固執しますし、同時に記憶は簡単には消えてくれません。


問題は、目の前にある二つの世界が、どちらであるかの見分けがつかない世界が来るかもしれないということ。

あるいは、見分けがついたとしても、「選択が可能」な世界が来るかもしれないということ。

さらには、正と偽の概念がなくなり、どちらかを押し付けられる世界が来るかもしれないということ。


気が付いた時には、自分の記憶と世界は5分前に書き換えられたものなのかもしれません。